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破・常識 あつし

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美濃のまむし 道三と 娘 濃姫

今日の 破・常識!


信長にとって道三は後見人、濃姫は戦友!


テラ(地球)が見ていた日本の歴史の真実! 47


信長の真実の野望! 11


信長のシナリオのクライマックス 

本能寺の変が近づいてきましたねぇ~~

だが しかし その前にもう少し押さえておきたい人物がいますので

もうちょっと 待ってくださいね(笑)


ということで、今日は ちょっと時代をさかのぼって 

齊藤道三と濃姫について話そうと思います。

信長の父 信秀と敵対していた美濃国の戦国大名 

齊藤道三との和睦が成立し 

信長は道三の娘 濃姫と政略結婚したんです。

1548年 信長16歳の時でした。


齊藤道三について・・・

美濃の戦国大名、下剋上大名の典型で 僧侶から油商人を経て

戦国大名に成り上がった人物! 


うつけもの と呼ばれていた信長に会ったとき 

器量を見抜いたらしいですが・・・

ま、道三は人を見る目を持っていた、と言うことです。

他のものには うつけものにしか見えなかった若者を、一目見て

こいつ ただものじゃない・・と感じたんですね。

信長が 道三と初めて会った時のエピソードを 

さくやさんが教えてくれました。


道三は 信長に会ったとき 一言もしゃべらないで 

威圧するエネルギーを出していたそうですよ。

これは 道三が人に会うときにいつも使う手で 

その威圧感に耐えられなくなった相手は

ビビッてご機嫌をとるような態度になり しゃべりだすのだそうです。

その瞬間 その二人の力関係が決まる・・ということです。

しかし 信長は 一歩も引かなかった!

道三の威圧するエネルギーを受けても 

信長は平常心で同じく一言もしゃべらなかった。

二人の男は 長時間 黙ったまま向き合って座っていたそうです。

たまらなかったのは まわりの人間たち!

ものすごい緊張感の中 二人の様子をうかがっていたそうです。

道三が ブチ切れて怒り出すんじゃないかと・・・

道三は この16歳の若者の胆力を感じたのです。

とうとう 笑い出したのは道三の方、

そして 信長はお辞儀をして 帰って行ったそうです。

この日の二人は 一言も言葉を交わすこともなく終わったのでした(笑)


義父であり 後見人になってくれた道三のおかげで 

尾張の国主になることが出来たのです。

その後 美濃国で道三が その息子 義龍との戦いに敗れ

討死することになります。

義父 道三を殺した 義龍と信長は戦うことになり 

信長は勝って美濃国の国主になったのです。


濃姫との関係はどうだったのでしょうね?

16歳で 濃姫と結婚した信長でしたが・・・

まぁ、政略結婚だったんで お互いのことを分かり合うには

少し時間がかかったみたいです。


時が経つにつれて 二人はよく話すようになり 

分かり合っていったそうです。

濃姫は 父親譲りの 腹の座った胆力のある女性でした。

彼女は 熱く夢を語る 信長の素直な人柄が とても好きでした。

そして 信長のいつもの熱い 理想の国作りの話を 

よく聞かされているうちに

その信長の夢が いつしか自分の夢となっていったのです。

このように 信長が天下を取る戦いをしているとき

濃姫も 同じように戦っていたのです。

この二人は 夫婦であり 戦友でもあったのです。


だからこそ 信長の理想とする国作りのための 

シナリオのことも共有していたのです。

そうなんです!

本能寺の変の真実を 濃姫も よく理解していた人の中の一人だったのです!




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信長とルイス・フロイスの関係!

今日の 破・常識!


信長は フロイスから真実の情報を得た!


テラ(地球)が見ていた日本の歴史の真実! 46


信長の真実の野望! 10


織田信長は 1573年 朝倉・浅井軍を破り
 
戦国時代最大の宗教的武装勢力である 

本願寺勢力との10年間続いた戦争も 

1580年 本願寺が和議をすることで合意し

戦いの幕を下ろすことになったのです。


ナーガ系の朝廷・武装勢力との関係は ひとまず落ち着いたのですが、

だが しかし また新たな難題が信長を待ってたんですねぇ~~^^;

いやいや 大変な時代です。


1549年 フランシスコ・ザビエルの来日

これが レプティリアン系の文化の到来のはじまりなのです。

どういうことかと言うと・・・

レプティリアン系の侵略は まず 宣教師から始まります。

宣教師を送り込み その国の情報を集め 

その国の人々を 自分たちの考えに染め

内側から その国の文化を壊し 気が付くと文化的に侵略され、

その後 外から武力をもって侵攻し 支配していく・・

という手段を使います。

他の国の歴史も見てみてください。

侵略され 国が植民地とされ 原住民が排除されたところは 

ほとんどが この手を使われています。


ルイス・フロイスは その目的のために

本国から送られてきた宣教師だったのです。

ルイス・フロイスとは・・・

ポルトガル出身の司祭・宣教師であり 戦国時代の日本で宣教し

織田信長や豊臣秀吉らと会見。

戦国時代研究の貴重な資料となる「日本史」を記したことで有名。

            (ウィキペディアより)


信長が ルイス・フロイスとはじめて会ったのは、1569年。

信長は最初 自分たちとは違う民族の人間に興味を持ったのです。

それで 実際に自分が会い 話をしてみたいと思い 会ったのですが・・

驚いたのは フロイスの方でした。

今までの経験からいうと 自分のたちのほうが

文化的にも・武力的にも優れているという自信があり 

常に相手を下に見下して来たフロイス

(レプティリアン系の宣教師たち)ですが、

信長に会った時に その聡明さと醸し出す気品に

大変驚き 圧倒されました。

これまで 侵略してきた民族は 

自分たちの武力を見せつければ、

圧倒され 反抗することをあきらめて

支配されることを受け入れましたが、

信長はそうはいかなかったのです。

叩けば済む・・と思っていたのに、

信長は叩けば 叩き返す・・という

勢いを自分たちに見せたのです。

絶対に引かない・・屈服しない・・

強い誇りをもつサンカの血を見たのです。

自分たちと対等に話をする信長に 

今まで感じたこともない尊敬すら感じました。


信長は いつもの信長で(笑) フロイスに対しても

なんの疑いもなく胸襟を開き自分の想いを熱く語ったのです。

その自分の国、領民を想う熱い気持ちに感動したフロイスは 

本国の命令によりこの国を侵略しようと目論んでいた自分を恥じ

彼を助ける(支える)決心をしたのです。


と言うことで、信長は フロイスから

レプティリアン系の侵略の計画を聞き、

それを阻止する方法を考え始めました。

すぐに 行動に移すには(排除するには)

彼の国のほうが武力に優れている・・

なんとか 穏便に阻止する方法を 必死に考えたのです。

そこで 一応受け入れる・・と言う態度をみせ 

油断させてから少しずつ時間をかけて

関係を細くしていこうと画策しました。

それが 後に 豊臣秀吉 徳川家康の 

鎖国と言う政策になっていったのです。


一方 フロイスは 本国に この国を侵略するのはとても難しいと

思わせるような 報告をし続けました。

この国を治める信長と言う人物は 今までの様にはいかない・・

この国は 信長がいる限り 


手は出さないほうが良い・・とまで進言したのです。


いやぁ~~、超アルレロ~~~な、情報でしたぁ~~~。

信長の熱い想いは 外人さんまで動かしたんですね~~~~(感動)



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信長と一向一揆!

今日の 破・常識!


ナーガ系中央集権力と結びついた一向一揆!


テラ(地球)が見ていた日本の歴史の真実! 45


信長の真実の野望! 9


1570年 浅井長政の裏切りにより

織田信長は 浅井・朝倉連合軍と戦うことになったのです。

そして また戦国時代最大の宗教的武装勢力である 本願寺勢力と

天下統一を目指す信長との激しい戦いが幕を開けることになります。


・・って、なんで寺の僧が戦ってんの?

素朴な疑問! おかしいでしょ!

ま、信長もそこが気に入らなかったのです。

だから 戦国大名の戦いに参加しないよう 

前もって話し合いをしたんだけど、

そこはナーガ系中央政権力と結びついていた本願寺。

とうとう 浅井・朝倉側につき 

信長と10年にわたり 戦い続けることになります。

詳しい戦いの経緯は ここでは書きませんが、

信長も この戦いには かなり神経を使ったそうです。

戦況に応じて 進むか 引くかを判断し

無駄な戦いはなるべく避けたのです。


信長は 相手の意志を前もって確認し

敵として戦いを挑む相手には 容赦はありません。

しかし 一部の記録に残されているようなこと・・・・

この戦いで 関係のない僧侶、学僧、上人、児童の首をはね

ことごとく焼き討ちにしたなど ・・

非人道的な行為をしたことは 一度もありません。

それらは すべて嘘です。

それは 信長を悪に仕立てて 

悪として歴史に信長の名を残そうと意図する

権力者によるねつ造です。


ナーガ系の波動を持つ人間たちは 

自分の都合のいいように歴史の

記録を作っていくのです。

嘘も100回言い続ければ 本当に思えてくる・・

そこを狙っているのです。

現在でも ナーガ系の人たちは この手をよく使いますね。

自分の国で 最初に作っていないものを 自分の国が発祥の地で

オリジナルのものだと主張したり・・

別の国からわたってきた文化を 

歴史の記録を代え(資料が発見されたとして)

自分の国の文化としてしまおうとするのですよ(汗)

そして 騒ぎ立て 大声で何度も主張することで 

自分たちに都合のいいように 誘導していくのです。

これが ナーガ系の文化が持つ 特徴なのですね。


話が少しそれてしまいましたが・・

信長は このやり方に 非常に違和感を持っていました。

信長は 人間の魂の真実を知っていました。

だから 信仰心を煽り、無いことも 

さもあることの様に見せかけ

民衆をコントロールし 

一部の人間が支配するような体制が嫌いだった・・

許せなかったのです。




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織田信長・・熱き想い!

今日の 破・常識!


なぜ 人は動いたのか!


テラ(地球)が見ていた日本の歴史の真実! 44


信長の真実の野望! 8


織田信長と 浅井長政の違いはどこにあったのか?


織田信長は 自分の本音をさらけ出し 熱く語れる人物だったのです。

信長は 自分の理想を実現するために 多くの人々と語り合いました。

一人では 実現できない大きな夢を 実現させるために、

一人でも多くの仲間を増やすために

素直に 自分の想いを熱く語っていったのです。


人は 感動が無いと動きません。

損得勘定・目先の欲は 必要ないのです。

(一時は 動きますけどねぇ~~(笑))


信長は 今 この瞬間 自分が何を感じ 想っているのか・・・

自分の想いを素直に表現できたのです。

その大きな夢に こだわりがあるからこそ、

そこに喜び 楽しみがあるからこそ、

エネルギーが爆発し 熱く熱く語れるのです。

そして 信長は 語るだけではなく 

自分が先頭になって動くのです。

エネルギーが 爆発するから走れるのです。

言葉だけでなく 魂から望んでいるから 

身体が動き 先頭を走っていくのです。

信長の熱い思いの魂の表現を見たものは 感動します。

感動するからこそ 信長と同じ方向を一緒に見たいと 

皆 望むのです。


そんなシンプルなこと?・・って、思うかもしれませんが・・

人の心を掴む・・・

それは 素直に自分の本音をさらけ出し 熱く表現する・・

そう 本当にシンプルなことなのです!

しかし このシンプルなことが なかなか難しいんですよね(笑)


信長は まわりの人々を信頼していたのです。

信頼していたからこそ 

自分の本音をさらけ出し 熱く語ることが出来たのです。


浅井長政は 自分の家臣たちを信頼しきれなかった。

だから 自分の本音・想いを素直に語ることが出来なかったために

家臣にも信頼してもらえず 結局 家臣たちの考え・想いを受け入れ

織田信長とは違う方向を見ることになり 

朝倉氏側につき 信長を裏切ることになったのです。


さくやさんが言うには、

浅井長政は 自分自身を信頼していなかったから、

他の人々も信頼できなかった・・ということです。


宇宙の真理ですよね、

自分を愛せない人は 他人を愛せない

自分が平和でない人は 他人を平和にできない・・

・・ってこと、ですよねぇ~~。


で、信長は 同盟を結んでいた長政に裏切られたんですけど・・

信長は 切り替えが早い。

こいつが 寝返ったと知ったら 

次には じゃ、この先どうするか・・って、

裏切ったい相手に対しての感情は全く持たないで 次の手を考える!

この判断が とにかく早かったそうです!

さすが 信長ですね(笑)




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浅井長政との同盟!

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薄氷を踏む思いでの信長の天下取り!


テラ(地球)が見ていた日本の歴史の真実! 43


信長の真実の野望! 7


織田信長は 美濃国 齊藤氏との膠着状態を打破するために

使者を送り 長政に同盟を提案したのです。

長政は ナーガ系の波動が強い土地にあり 

その中でも現状に不満を持ち

自分の理想論を持っていたので 信長は彼を信用したのです。

長政は ナーガ的な ただの権力欲や功名心ではなく 

領民・国のために働きたい・・とこの時思っていたのは 確かです。

そして 自分には天下取りなど大きな事は出来ないけど・・

信長ならやってくれると思い、彼を支えようと信長と同盟を結びました。


この同盟は 浅井側に有利になるようにはからい 

信長は自分の妹であるお市の方を 輿入れさせたのです。


この時 信長はお市にちゃんと話をして 

納得の上での輿入れだったみたいですよ~~

この時代の女性は 

自分の存在がどういう立場であったのかを よく理解していて

天下を取ろうとしているお兄ちゃんの為ならば 

よろこんでお兄ちゃんの思うとおりにします・・って、

ことだったみたいですよ。

お市の方も 信長と同じ夢を見ていたのです。


この同盟が 成立したことにより

信長は 美濃国を領地とすることが出来たのです。


しかし この後 問題が発生することになりました。

ここで  地図をごらんいただきたいのですが・・・

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織田信長が尾張と美濃の国主になった後 

次に進まなきゃいけなかった国が

厄介な土地だったのです。

弥生時代から 基本的に支配者は

現在の京都を中心に 支配していたのですが・・・

と言うことは この地域は

ナーガ系の波動の強い人間たちが集まる土地だったのです。

しかし 信長はこの地域の国に進むことに決めました。

浅井長政とは 同盟を結んでいたので次に進む国は 

越前の朝倉氏です。

信長は 朝倉氏が嫌いでした。

自分の理想とはかけ離れたナーガ系の支配者だったのです。


信長は 動きました。

越前の朝倉氏を制覇するため 

徳川家康の軍勢とともに進軍したのです。

織田・徳川の連合軍は 朝倉氏の諸城を次々と攻略したのですが、

ここで 同盟を結んでいた浅井長政が裏切ったのです。

ではなぜ? 長政は信長を裏切ったのか??


結局 長政は自分の理想はあったものの 

家臣がついてきてくれなかったのです。

長政とは 反対意見の 家臣の進言を拒むことが出来ずに 

仕方なく織田信長を裏切らざる得なくなりました。

長政はなぜ 家臣の心を掌握できなかったのでしょうか?

ここに 家臣に支えられ 天下を取っていく織田信長とは 

大きな違いがあるのです。


この違いとは何か?

次に お話ししたいと思います。



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